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AI時代における生活
風太郎の仕事の一つはAIの活用です。そのAI時代で多くの仕事がなくなるのではないか?と危惧されています。確かに多くの仕事はなくなるでしょう。反面多くの仕事も生まれていくことになります。そして多くの楽しみも生まれていくでしょう。
ここでは仕事と生活について考えてみます。
20世紀の少年が見た未来社会とそのギャップ
遥か昔、未来世界を想像することが流行っていました。それらの多くの想像では「人は単純作業から解放されて余暇を満喫」していました。
そして、知的なことにのみ集中できる。クリエィティブなことに集中できる。ということでした。
現実としては「単純作業から解放」されてはいません。しかし、「クリエィティブなこと」を色々行えるようになってきました。
例えばこのブログです。20世紀であれば、このようなアマチュアの文が人に読まれることはまずありませんでした。それを今読者様に読んでいただいています。
これは風太郎のブログだけではなく、多くの人のブログが多くの人に読まれています。また、ボカロ(ボーカロイド)によって多くの人の作詞、作曲した曲が配信されています。そのようにIT技術とインターネットの発展により、多くのクリエイティブなことが一般の人に解放されました。
期待する未来社会
AIバブルがもたらしたもの
AIがまたバブルに終わる予感ー無知が殺す未来ー - OFFICE風太郎で、今はAIバブルじゃないか?と考えました。そのイメージを図にしてみます。 バブルの時は実態以上に期待が高まります。経済的なバブルと異なり、期待値ほどではないが、一気に技術が高まると感じられます。
具体的にはGPUの大幅な進化、日々arXiv.org e-Print archiveなどに発表される新しい論文。Scikit-learnなどのライブラリの強力な進化です。
これらのツールが我々の生活の裏側で働いています。
GDPで測れない豊かさ
風太郎はもうおじいちゃんと言われても不思議じゃない年代です。その実感からいうと日本はGDPで見た上では経済成長していないと言われていますが、実際はかなり豊かになったと感じます。例えば、携帯電話やパソコンの普及のこです。仮に、遠距離のカップルが月に3万円電話代を使っていた昭和時代と比較すると、今はLINEで文字のやり取りや無料通話として考えると、マイナス3万円程度の経済の低下です。しかし、その統計とは別にコミュニケーションの実態としてはどんどん豊かになっています。このように金銭だけでは測れない豊かさが21世紀だったと言えるでしょう。
AIのもたらす豊かさ
今我々の生活の裏側では多くのAIが働いています。それが豊かさをもたらしています。では今後どのようになっていくのでしょうか?今風太郎が期待しているのは生成モデルです。それが今後我々を豊かにしてくれるのではないか?と考えています。
生成モデルの作り出す豊かさ
生成モデルでは現在、グラフィック(キャラを作る)や情景(写真)、小説まで作れます。これは今のところ難しい操作が必要です。今後これが簡単になったらどうなるでしょうか?
それに近いものがあると考えています。それは先ほど述べたボーカロイドです。ボーカロイドはそれまで歌手に歌わせることのできなかった人々に歌を作る道具を与えました。その結果、もうブームをすぎて定着の状況になっています。
生成モデルは今まで作れなかったものを作れます。ひょっとしたら映画のようなものも作れるようになってくれるかもしれません。プロット与えると新しい小説を作るかもしれません。MMDなんかも簡単になるでしょう。そうすればもっとクリエイターが増えてくることになります。
映画に例えるならば何億、何十億(円とかドルで)の制作費を用意しなくても机の上で作れるようになってくるかもしれません。そうすると映画の制作費は経済がダウンすることになりますが、様々な映画が出てくることになるでしょう。そのような未来社会を期待させます。